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世界中が待っていたシステアミンの消臭

髪にダメージを与えないことが認知されているが、ハムスター臭、子犬臭などと残臭で嫌われるシステアミン。その残臭を除去した製品が待ち望まれていた。

 この特異臭を抑制するため、これまでに複数の還元剤を混合しシステアミンの配合量を抑制したカール剤、酸化力を高めるため濃度が違うブロム酸を使用した施術方法、後処理剤としての木酢液、銅イオン、ゲルマニウム、タンニン等を配合した製品及び、シクロデキストリンを使用して臭いを包み込む施術方法が発表されていた。
しかし、根本的な解決には至っていない(残臭を極限までなくすことはできなかった)。

残臭を極限まで消臭することは不可能と考えられていたが、
「サイエンスローション NOVA みやび」(還元剤)により、システアミンのみ(6%)にもかかわらず消臭が実現した。

これは、日本が世界に誇れる技術である。

IBIのホームページ http://ibihair.web.fc2.com/ もご覧頂ければ幸いです。
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理美容と炭酸の活用

はじめに
 今、注目の炭酸。NHKはじめ民放でも番組が放送され、「美容」「美肌」「ダイエット」「血行促進」「アンチエイジング」などさまざまな効果がうたわれ注目を集めている。そこで、理美容で炭酸の活用をするため、さまざまな観点からを検証する。

1.炭酸とは
 一般的には、水に二酸化炭素を溶け込ませることで、水の中だけに存在する。気体になったものは二酸化炭素と呼ぶ。炭酸を知る為には、まず水と二酸化炭素を知る必要がある。

2.二酸化炭素とは
 物を燃やすだけで生成するため、地球上で最も代表的な炭素の酸化物となっている。通常では無色無臭の気体として存在し、炭酸ガスと呼ばれる。水に比較的よく溶け、水溶液は炭酸あるいは炭酸水と呼ばれ、弱酸性を示す。気体を冷やすと-79℃で昇華してドライアイスとなる。
①.ドライアイスは二酸化炭素(炭酸ガス)の圧縮された気体で、およそ130気圧前後に加圧して液化させ製造する。液化した二酸化炭素は急速に大気中に放出され、昇華して気体になると体積は約750倍になる。水にドライアイスを入れると白煙を生じ容器の外にこぼれる。それは気化した二酸化炭素そのものではなく、温度の低下に伴い空気中の水分が氷結して見え、空気より比重が重いため、地を這うように広がる。
②.ビーカーの中に置いたロウソクに火を付けると、ロウソクが燃焼するにしたがい二酸化炭素が発生する。空気より重い二酸化炭素は徐々にビーカーの底に貯まり、酸素が無くなり炎が消える。
③.容器に入った炭酸飲料は、時として吹き出す。それは、炭酸飲料に溶けている炭酸ガスは、高い気圧で液体に溶けている。これを振ると、溶けていた炭酸ガスは気圧の低い外に向かって噴出する。

3.二酸化炭素の毒性
二酸化炭素の増加による影響として地球温暖化ばかりが話題になるが、大気中の2010年度の平均濃度は0.0393%(393pph)存在している。空気中の二酸化炭素濃度が高くなると、人間は危険な状態に置かれ、濃度が 3~4% を超えると頭痛・めまい・吐き気などを催し、7% を超えると数分で意識を失う。この状態が継続すると呼吸が停止し死に至る。

4.二酸化炭素と新陳代謝
 私たちが呼吸をしているように、肌も酸素を取り込んで二酸化炭素を放出してる。この酸素や二酸化炭素の運搬役になっているのが血液中のヘモグロビンである。ヘモグロビンは、もともと酸素と結合しているが、炭酸ガスの濃度が高い環境のもとでは、二酸化炭素を取り込み酸素を手放す。
普段は酸素を取り込んでいるはずの肌に炭酸ガスを浸透させると、細胞膜などへの浸透率が酸素の25倍と言われ炭酸ガスが血液に溶け込み、体が「酸欠状態」と認識する。その結果、血中のヘモグロビンは浸透してきた二酸化炭素を取り込み、普段より多くの 酸素を手放す。ヘモグロビンに手放された酸素は、肌細胞に吸収され、細胞の新陳代謝が活発になり、肌荒れや老化防止など、皮膚の活性化を促す。

5.汚れ落とし効果
 今、理美容室の間で「炭酸ヘッドスパ」が流行し、毛穴の詰まりがとれると評判であるが、果たして結果は。
 頭を左右半分にわけ、厳密に効果を測定するため、シャンプーは一切使わず、そして手でのマッサージは行わず、同じ温度で同じ量の「お湯」と「炭酸」をかけて汚れが落ちた量を比較する。
実験の結果、炭酸の方が少し汚れが落ちていることがわかる。炭酸は「気泡による物理的な汚れ落とし効果」と「弱酸性の効果」があってその力で特に水アカなどのアルカリ性の汚れを落とす。

6.炭酸泉
 温泉法により、温水1リットルあたり0.25g(250ppm)以上の炭酸ガス(CO2)が溶け込んだものを言う。中でも、温水1リットルに炭酸ガスが1g(1,000ppm=0.1%)以上溶けたものは療養泉として認められており、特に効果が高いといわれている。

7.炭酸水
①.二酸化炭素のガスで作った炭酸水はpH4.2~4.5程度の弱酸性である。これは、作る時の水温によって変わり、温度が低いほどpHも低くなる。ちなみに、炭酸泉(温泉)はpH4.8~5程度。
②.水に最大限溶けた状態を、炭酸飽和と呼ぶ。作る水の温度が低い程炭酸濃度は高くなり、温度が高い程濃度は低くなる。
③.炭酸水の濃度を示す単位はppmまたは、炭酸飲料はガスボリュームという表記をする。ガスボリュームとは、炭酸ガスを1気圧15.6℃の条件で測定したときの体積で、1リットルの水に二酸化炭素が1リットル溶けている場合を1ガスボリュームと呼ぶ。このガスボリュームは、温度と圧力によって変化させる事が出来る。
コーラは3.8、ビールは2.5~2.7、シャンパンでは5.0~5.5ガスボリュームと言われてる。因みに、二酸化炭素のガスボンベで作った場合は、5ガスボリューム程度が作れる。

8.炭酸入浴と血行促進効果
 熱による効果を避けるため36度の温水と炭酸、それぞれに15分間入浴して血流量と毛細血管の様子を比較すると、お湯は入浴前に比べて2倍程度、炭酸は入浴前に比べて10倍以上もの差が出る。その分、血行がよくなって血液が循環していることを指す。さらに毛細血管の血液の流れを比較しても、その違いは明らかでる。なお、市販の炭酸入浴剤もあり、専門の機材を用いて作った炭酸に比べると、濃度は低いが、ある程度の効果は得られる。
 ただし、これらは全身浴や炭酸温泉に入浴した場合であり、シャンプー時に炭酸を使用した場合、血行促進としての効果は期待薄である。

9.二酸化炭素の実践論と机上論の違い
①.実践論
炭酸を使う時に、濃度にこだわる人がいるが、炭酸の濃度は見てわかるものではない。数十万円の機械で作った炭酸水と、コンビニで売られている炭酸水、どちらも同じ炭酸水で、シャンプー、パーマ、ヘアカラーでの作業上の効果は変わらない。
②.二酸化炭素の重さ机上論
0℃、1気圧で22.4リットル(1モル)で44gである。つまり1リットルでは44÷22.4=1.96gの重さがある。この0℃は、私達の生活では標準ではなく、サロン内は25℃程度であるから、pHや溶存二酸化炭素量、分子量など難しいことは考えない方がよいであろう。
 また、溶媒である水道水の基準値はpH5.8以上pH8.6以下、硬度300mg/L以下である。地域によって違いは、酒田市のpH6.3~箕面市のpH8.2まであります。硬度に至っては、加茂市の11mg/L~横須賀市の135mg/Lと差がある。実際に当該サロンで炭酸水を作ってみないとなんとも言えないのが実情です。

10.炭酸での髪質改善
炭酸は、毛髪を構成しているタンパク質でもなければ、架橋剤でもない。髪は細胞分裂が終了した細胞の集合体で、死滅細胞とも言われている。毛髪の細胞分裂が起こらないため、パーマやカラーでダメージを受けた髪質の改善は不可能である。また、シリコンを除去すると唱っているメーカーもあるが、単にお湯より落ちるだけで、シリコンを剥離させるモノではない。ただし、炭酸の最大の効果は、髪のpHバランスとイオンバランスを整えるため、髪の風合いはよくなり、アルカリに傾いた髪や皮膚を弱酸性に戻す事ができる。

11.炭酸の技術的活用
 10年程前、パーマの中間水洗の是非が問われ、「中間水洗で余計な1剤を除去してから2剤処理すべきだ。」「中間水洗すると、毛髪のタンパク質が流出してしまう。」「中間水洗するとウエーブ効率が上がるとか。」等、いろいろな意見が交わされた。同様に、炭酸も意見が交わされる事で技術的発展があると考えられる。
①.炭酸水でパーマの中間水洗を行うと、高い浸透力により、パーマ液や残留アルカリを毛髪内部から出し、還元剤の作用をスムーズに停止することができるため、酸リンスの使用で起こりうる収斂による毛髪の硬化を防ぐことができる。
②.クリーム状の縮毛矯正1剤がすすぎやすく、手に付いたのヌルヌル感も簡単に流れ落ち、手荒れを防ぐことがでる。
③.ヘアカラー後、皮膚に付着した色を簡単に取り去ることが可能で、キューティクルの内側に残った染料カスも流れ出し、本来のヘアカラーの色に仕上がる。
④.クリープというパーマ技法に於いて、中間水洗の時間が大幅に短縮できる。
⑤.髪やに付着している余分な物質や、皮膚の老廃物や皮脂を簡単に取り去ることができる。

終わりに
 理美容で活用するために、幾多の炭酸を作り出す装置が販売されている。導入に際しては、治療を目的とした1,000ppmのうたい文句だけにとらわれることなく、毛髪に皮膚に対する薬剤反応や、手荒れ予防などに重点を置き、営業に取り入れることが必要不可欠であろう。また、炭酸とお湯を使い分けることができる設備にすることが不可欠である。なお、緑色の容器に詰められた二酸化炭素は酒店で販売され、ビール製造の際に副産物として発生するガスであり、地球温暖化の要因にならないことを付け加える。

衣類の「ぞうきんのような臭」の原因は・・・“菌”

  ~モラクセラ菌が衣類に残り、ぞうきん様臭を発生~

花王株式会社と愛知学院大学の河村好章教授が、洗濯物を部屋干しした際などに生じやすい、ぞうきんのような臭いの原因菌の原因である4-メチル-3-ヘキセン酸(4-Methyl-3-hexenoic acid:4M3H)の発生原因となる微生物を初めて分離・同定することに成功しました。
ぞうきん臭を有する衣類を解析した結果、この微生物は“モラクセラ菌”と呼ばれる2連短桿菌で、洗濯後も衣類に残り、衣類の使用中や衣類の保存中に強いぞうきん様臭を発生させることがわかりました。

モラクセラ菌


また、このモラクセラ菌は保管中の衣類だけではなく、家庭内のさまざまな場所にも存在している常在菌の一種で、悪臭を放つということがわかりました。
この菌は健康な人や動物には無害だが、免疫力が極端に低下していると日和見感染症を起こすことがあるとのこと。
※研究内容の一部は、日本農芸化学会2011年度大会(2011年3月5日、学会要旨集)で発表済み。

洗濯後も衣類の気になる臭いはいろいろあります。
特に、一般に生乾き臭と呼ばれるぞうきん様臭は、よく洗ったにもかかわらず、使用し始めるとすぐ発生する不快な臭いとして多くの消費者に認識されています。
このぞうきん様臭は、システアミンの残臭とは違う発生原因ですね。

NUXY(消臭洗濯洗剤)で洗濯したタオルが“ぞうきん臭い”原因は“モラクセラ菌”です。菌の繁殖を抑えるためには、消毒が一番ですが“カブレ”に繋がりますから注意が必要です。

取り敢えずは、濡れたままのタオルを洗濯しないで長時間の放置は止めましょう。

NUXYのホームページ http://www42.tok2.com/home/nuxy/ もご覧頂ければ幸いです。

システアミンの残臭は化学反応臭

一般的に、システアミンでの施術後は、毛髪深部に入り込んだシステアミンが完全に酸化されていない状態で残ってしまうため、化学反応臭も毛髪内部に取り残されているためです。

その為、毛髪が水分を吸収するたびに毛髪内部に取り残された化学反応臭は水に取り込まれ、水分と共に毛髪表面に移動し、再び臭いが発生します。

シャンプーする毎に徐々に臭いが少なくなるのは、反応臭が徐々に水に取り込まれ、すすぎ流されるためです。

長期間に渡り臭いが発生する場合は、酸過不足の場合の他、毛髪表面に付着しているコーティング剤に邪魔され、反応臭を含んだ水が毛髪表面へと移動できない場合も要因と考えられます。

また、システアミンで施術した後に染毛すると臭いが消える理由としては、高pHにより膨潤した毛髪の深部まで過酸化水素水が浸透し、残留したシステアミンを完全酸化に近づける事ができるからです。

ならば、2剤は過酸化水素水を使用すれば良いかというと、薬事法により使用が禁止されているばかりか、強い酸化力のため、毛髪表面から酸化が始まり、毛髪の深部まで酸化させることが難しくなり、長期間にわたる臭い発生の要因となります。

従来から使用されている還元剤と比較し、毛髪にダメージを与えないシステアミンも、毛髪内部に残ったシステアミンの酸化が不足の場合は、施術後の時間経過と共に髪が徐々に傷む要因となりえます。

ブロム酸で、ゆっくり毛髪内部まで酸化させましょう。

IBIのホームページ http://ibihair.web.fc2.com/ もご覧頂ければ幸いです

白髪や脱毛は、17型コラーゲンの不足が原因

 東京医科歯科大学(幹細胞医学)の西村栄美教授らの研究グループは、白髪や毛との原因となることをマウスの研究で突き止め、2月4日付の米科学誌Cell Stem Cellに発表した。
 それによると「17型コラーゲンは白髪と脱毛を抑え、欠損すると毛包内の2種類の異なる幹細胞間での相互作用による幹細胞維持機構が破綻するため、白髪や脱毛を発症する」ことを明らかにした。
 毛包幹細胞と色素幹細胞は毛包のバルジ領域付近に存在しているが、色素幹細胞は、黒髪のもとになる色素細胞の供給源となり、毛包幹細胞は毛髪のもとになる角化細胞の供給源となることで、毛が生え変わるごとに色素を持つ毛髪となる。
 17型コラーゲンは、ヘミデスモソーム(細胞の結合組織の一つ)を構成する膜貫通性のコラーゲンで、表皮基底細胞を基底膜に強く固着する役割が知られてきた。また、ヒトでは先天的に17型コラーゲンが欠損すると若年性の脱毛が見られるが、その仕組みについては明らかにされていなかった。
 今回、毛包幹細胞には17型コラーゲンが高い割合で在り、毛包幹細胞の幹細胞性を維持するという役割を持つと同時に、毛包幹細胞が色素幹細胞のニッチ細胞として機能するためにも必要で、これらの役割により白髪と脱毛を抑えていることが判明した。
 そのメカニズムとしては、毛包幹細胞はトランスフォーミング増殖因子ベータータイプ(TGF−β)の作用により色素幹細胞の未分化性や休眠状態を促進制御していることによるもので、17型コラーゲンを失ったマウスでは毛包幹細胞におけるTGF−βの作用がなくなり、隣接して存在する色素幹細胞におけるTGF-βの作用が伝わらないため、色素幹細胞を維持できなくなり若白髪になるが、毛包幹細胞を含む基底細胞でのみ17型コラーゲンを作用させると一連の異常がすべて回復することが判明した。
 西村教授は「頭皮でこのコラーゲンが作られるような薬を開発すると、一部の脱毛や白髪を治療できる可能性がある」としている

白髪抑制メカニズム

〔ポイント〕
・毛包幹細胞が発現する17型コラーゲンは、毛包幹細胞の維持に必須であることが判明。
・毛包幹細胞はTGF−βの作用によって色素幹細胞を維持しており、ニッチ細胞として働くことが判明。
・17型コラーゲンが幹細胞の維持によって白髪と脱毛を抑制することから、その予防や治療への応用が期待される。

〔用語の解説〕
TGF-βとは、トランスフォーミング増殖因子ベータータイプのことである。多機能性蛋白質で、細胞の増殖および分化の調節(状況に応じて促進あるいは抑制作用)の中心的役割を果たす。

〔研究成果の概要と意義〕
毛包で機能する組織幹細胞である毛包幹細胞および色素幹細胞は、毛包のなかでも立毛筋が付着する部位であるバルジ領域付近に局在することは知られていたが、毛包幹細胞と色素幹細胞の相互関係や相互作用、その分子メカニズムと白髪・脱毛との関連については明らかではなかった。今回、毛包幹細胞の維持に膜貫通性のコラーゲンが必須であることがはじめて見つかり、毛包幹細胞を維持する仕組みや毛包幹細胞が色素幹細胞のニッチ細胞として機能する仕組みが明らかになった。特に、組織幹細胞自身が他の種類の幹細胞に対してニッチとしての機能を持ちうる点は、これまでに殆ど知られていない重要な知見である。
 西村教授らは、黒髪のもとになる色素幹細胞をはじめて発見し、色素幹細胞が枯渇すると白髪になること、色素幹細胞の運命制御においてはニッチが優勢の役割を果たすことなどを明らかにしていたが、その仕組みについては明らかにされていなかった。
 これら一連の研究をさらに発展させることにより、白髪や脱毛の予防や治療、アンチエイジングや再生医療への応用に向けての新たな展開が期待できる。

ヘアカラーの歴史と動向

 はじめに
旧来の鉱物性顔料から始まった染毛剤は、酸化染料・酸性染料・中性染料・光変性染料・HC染料と開発が進み、大きく進歩している。新しいヘアカラー用剤の効能効果に関する情報は利点が中心とされている。しかし、美容室の現場に於いては欠点の把握は必要不可欠であり、その対処方法の習得が望まれる。

1.初期のヘアカラー
ヘアカラーの起源は古く、紀元前3500年の古代エジプトのころ植物の樹液や鉱物を使って髪を染めていたと言われている。古代に於けるヘアカラーは「美」のためではなく、宗教や祈祷行事(魔よけ、豊作祈願など)的なものであり、イスラム教の開祖マホメット(570年頃~632年)はヘンナを使用し、自分のアゴヒゲを染めていたと伝えられている。
古代中国では,茶葉の抽出物と鉄を髪に塗り黒く染めていた。また、古代ローマの貴婦人達は、ミョウバン・生石灰・天然ソーダ等に古いブドウ酒を加え水に溶かしたものを“ブロンド化粧水“と称して愛用、数日間も放置し異常な努力を重ねて金髪を得ていた。そのため、毛髪はハイダメージ毛となっていたようである。
中世から近世にかけては、特に新しい染料が使用されていたわけではなく、十分な効果が得られないまま推移した。

2.日本に於けるヘアカラー
平家物語巻第七の中に、平安時代末期の武将「斎藤実盛」天永2年(1111年)-寿永2年6月1日(1183年6月22日))は、寿永2年(1183年)、平維盛(保元3年(1158年)-寿永3年3月28日(1184年5月10日)らと木曾義仲(久寿元年(1154年)-寿永3年1月20日(1184年3月4日))追討のため北陸に出陣するが、加賀国(現在の石川県南部)の篠原の戦い(1183年(寿永2)5月ごろに、源義仲軍と平氏軍との間で行われた戦闘)で敗北。義仲の部将・手塚光盛(生年不詳~元暦元年(1184年))によって討ち取られた。「最後こそ若々しく戦いたい」という思いから白髪の頭を黒く染めていた。そのため首実検の際にもすぐには実盛本人とわからなかったが、そのことを樋口兼光(生年不詳-元暦元年2月2日(1184年))から聞いた義仲がこの老人の首を付近の池にて洗わせたところ、みるみる白髪に変わったため、その死が確認されたと史実に記されている。当時、染毛剤として鉱物性の無機顔料を使用していた。さらに、白髪を黒くし光沢を出す薬の伝として、ザクロの皮を煎じて塗る方法、クワの白木根を生油で煮詰めて塗る方法などが紹介されている。これらは、日本で最も古い染料の記録であろう。その後、明治の中頃までは白髪染めには「お歯黒」により10時間程度かけて染める方法が行われていた。

<斎藤実盛像:写真>
埼玉県妻沼町の妻沼聖天山にある像は、平成8年、お開扉の記念事業として建立された。右手に筆、左手に鏡をもっているのは、実盛公が髪を黒く染めて出陣したという史実にもとづいている。
写真-齊藤実盛像

3.お歯黒
成分名をタンニン酸《TANNIC ACID》と呼ばれる植物由来で、タンパク質、アルカロイド、金属イオンと反応し強く結合して難溶性の塩を形成する水溶性化合物の総称である。歯槽膿漏や虫歯の予防をにも効果的であったると言われる。化粧品には、収れん剤・香料を配合目的として配合されている。
「お歯黒」は日本の貴族の用語である。「おはぐろ」の読みに鉄漿の字を当てることもある。御所では五倍子水(ふしみず)と言われた。民間では鉄漿付け(かねつけ)、つけがね、歯黒め(はぐろめ)などと呼ばれた。
古代から近世まで成人女性に行われた歯を黒く染める風習であったが、平安末期から男性も公家や身分の高い武士はおはぐろをしていた。しかし、永禄・元亀(1558-1572)の頃には男性のおはぐろは終わったといわれている。女性のおはぐろは中世以降も成人式や結婚といった通過儀式と深く結びつき、これによって年齢、既婚、未婚を見分けた。長らく続いた習慣も、1870年2月5日(明治3)、政府から皇族・貴族に対してお歯黒禁止令が出され、それに伴い民間でも徐々に廃れ大正時代にはほぼ完全に消えた。明治末期には、このおはぐろをクリーム状にしてビンに詰めたものが発売されている。これが日本ではじめて発売されたヘアカラーである。鉄漿を「かね」と読むと、染めるのに使う液を表す。 主成分は鉄漿水(かねみず)と呼ばれる酢酸に鉄を溶かした茶褐色・悪臭の溶液で、これに五倍子粉(ふしこ)と呼ばれる、タンニンを多く含む粉を混ぜ非水溶性にする。主成分は、酢酸第一鉄でそれがタンニン酸と結合して黒くなる。歯を被膜することによる虫歯予防や、成分がエナメル質に浸透することにより浸食に強くなる、などの実用的効果もあったとされる。毎日から数日に一度、染め直す必要があった。

4.近代西洋の染毛剤
19世紀半ばになると、近代科学の発展によってともない新しい化合物が合成され、それまで主体となっていた天然資源から合成品への移行が始まった。今日の近代的毛染めの主原料である有機合成染料のピロガロール〔pyrogallol〕が1845年に始めて使用された。1856年、イギリスのW・Hパーキン(William Henry Perkin)がモーブの合成に成功し、それ以降、殆どの天然染料が合成出来るようになった。尚、過酸化水素は、1818年にフランスのテナールにより発見された。現在、世界的に使用されているパラフェニレンジアミンは、1863年ドイツのA・W・ホフマン(August Wilhelm von Hofmann)により発見され、1883年(明治16年)にフランス人のP・モネー(P.Monnet)が過酸化水素との組み合わせによる染色特許を取得し商品化したのがはじまりである。その5年後1888年には、E・エルドマンがジアミン、アミノフェノール類及び関連化合物による毛皮や頭髪の染色特許を取得し、商品化も進み、染毛時間は2~3時間にと短縮され大変好評を博した。

5.近代日本の染毛剤
Ⅰ.明治38(1905年)日本で最初の酸化染料『志ら毛染君が代』が発売された。それまでは、パラフェニレンジアミンのアルカリ溶液を頭髪に塗り、空気酸化により2時間程かけて髪を染めていた。それまでは、タンニン酸と鉄分を用いた媒染染毛法と呼ばれる『おはぐろ』を利用し、10時間程度かけて染めていたのため、飛躍的に時間が短縮された。明治時代に発売された染毛剤は、全て黒色であり、当時の商品には、「白毛赤毛を黒く自然の髪に染め上げる」といった説明が付いていた。当時、地毛の明るさは、癖毛と同様、女性の悩みでもあった。
HC-君が代容器

HC-君が代

Ⅱ.明治44年(1911年)パラフェニレンジアミンを過酸化水素で酸化する『るり羽」が山発商店(現:山発産業株式会社)から発売され、現在の酸化染毛剤の原型が出来ている。翌大正5年(1916年)には、水野甘苦堂(現ホーユー)が『元禄』を発売した。パラフェニレンジアミン粉末一包み、のり粉一包み、及び過酸化水素水一瓶の3剤タイプの白髪染めが発売され、染毛時間は30分に短縮され、日本における過酸化水素水を酸化剤として用いたヘアカラーの始まりといわれてる。しかし当時はまだ白髪を暗く染める為だけのものであった。
HC-るり羽

HC-元禄

Ⅲ.昭和31年(1956年)、日本独特の製剤形態である粉末一剤タイプの染毛剤『パオン」が、翌昭和32年『ビゲン』が発売された。これは粉末状の酸化染料、糊料、及び酸化剤を瓶に入れたものであった。
Ⅳ.昭和35年(1960年)には業務用『パオンデラックスヘアーダイ』、昭和39年(1964年)『アンヘアカラー』が理美容界に登場。
Ⅴ.昭和42年(1967年)国産初のシャンプー式ファッションヘアカラー『フェミニン』
Ⅵ.昭和46年(1971年)『ビゲンヘアカラー』が、翌昭和47年『パオンシャンプーカラー』も登場し、粉末一剤タイプと並んで家庭用染毛剤の中心となった。また、服装や生活環境がよりカラフル、ファッショナブルとなり、白髪染めばかりでなく、若い女性をも対象とした黒髪を明るく染める“おしゃれ染め”が登場した。
Ⅶ.昭和59年(1984年)『ビゲンクリームトーン』 により、染め上がりの髪の艶や手触りが良く、染める時のアンモニア臭が少ない、垂れ落ちが少ない、必要な量だけ取り出せ、染めたい部分だけ塗布出来る等の理由から、1剤染料部分と2剤酸化剤部分のそれぞれをチューブに詰めたクリームタイプの染毛剤が登場し、以後酸化染毛剤は、徐々にクリームタイプが増えた。
Ⅷ.昭和60年代に入ると、若い女性の間でロングストレートヘアが流行し、透明感があり、髪をサラサラとした感触に仕上げる酸性染毛料(ヘアマニキュア)が美容室を中心に人気を集めた。
Ⅸ.平成13年(2001年)2002年4月の化粧品規制緩和に伴い、HC染料と呼ばれるノニオン性染料を使用した染毛剤が開発される。
Ⅹ.平成14年(2002年)金属性の染料として硝酸銀及び乳酸銀を使用し、白毛が次第に染色される光還元による感光性染毛剤が発売される。
ⅩⅠ.平成15年(2003年)硫酸銀を使用した光還元による感光性染毛剤により、発色が改善され色付きが早くなった。

6.HC染料開発の背景
2002年4月の化粧品規制緩和前、毛髪を染色するためのヘアカラーリング剤としては、薬事法により医薬部外品として承認されたヘアダイが、化粧品として承認されたヘアマニキュアが使用されていた。ヘアダイには染料として染料中間体や過酸化水素などが使用され、安全性の面から、ヘアマニキュアには染料としてアニオン性染料のみ使用を許可されていた。アニオン性染料を使用するヘアマニキュアは、ブリーチした髪には鮮やかな染色が可能であり、毛髪が傷まない等の利点を有するが、持ちが悪く、残る色がまばらで、製品の経時変化があるなどの欠点を有する。さらに、アニオン性染料は、カチオン性クリーム基剤に配合すると相性が悪いため、樹脂タイプの基剤が主に使用されてきた。しかし、樹脂タイプの基剤に配合されたアニオン性染料で染毛した後の髪は、パサつき、ゴワ付き等の不具合が生じていた。一方、ノニオン性染料としては、従来から2-ニトロパラフェニレンジアミン系列の直接ニトロ染料等が知られていた。しかし、上記規制緩和後、化粧品として承認されている染毛料であるトリートメントカラーに使用可能な染料としてノニオン性染料(HC染料)、両性染料及びカチオン性染料(塩基性染料)がさらに許可された。これらは、カチオン界面活性剤で乳化したクリーム基剤に配合することが出来る。「HC染料」とは、HCが、「ヘアカラー」の意味であり、ブリーチ作用を有さないことを特徴とする直接染料の一種である。海外では30~40年程前から使用されていたが、国内でも上記規制緩和により化粧品でのみ使用が可能になった染料である。日本ヘアカラー工業会自主基準リストにも新たに収載された染料である。上記染料は、電荷をもたず、分子量が小さいため毛髪内部に浸透しやすく、地肌に付きにくく、かぶれにくいという利点を有する反面、分子量が小さいため染料が流れやすいという欠点を有する。ノニオン性染料、両性染料及びカチオン性染料は、アニオン性染料よりよく染まる、トリートメント剤に配合が可能なので感触が良い、毛髪が傷まない等の利点を有している。しかしながら、これらノニオン性染料、両性染料及びカチオン性染料を染毛料に用いた場合、製品中で経時変化を起こし、変色や褪色を起こしやすく、黒色は、多色を混ぜて作るため褪色時に異なる色味になるという問題点があった。染毛料に用いられるHC染料としては、ニトロベンゼン系ノニオン性染料が好ましく、特にニトロフェニレンジアミン系ノニオン性染料が好ましい。これらの染料としては、1-アミノ-2-[(2-ヒドロキシエチル)アミノ]-5-ニトロベンゼン(HCイエロー№5)、1-(2-ヒドロキシエトキシ)-2-[(2-ヒドロキシエチル)アミノ]-5-ニトロベンゼン(HCイエロー№4)等が挙げられる。
酸性染料は地肌につきやすくきしみやすい欠点があるが、HC染料、BASIC染料は地肌につきにくくトリートメント効果に優れている。しかし、これらの染料は安全な反面、色持ちが2週間と短いのが欠点である。

7.BASIC染料との併用
BASIC染料(塩基性染料)とは、染料自体がアニオン化(-マイナスに電荷)した酸性染料とは逆に、染料自体がカチオン化(+プラスに電荷)した染料である。そのため、トリートメントとの相性が非常に良く、染料自身もコンディショニング効果がある。イオン性の特長からトリートメントや汗等に対しては強いが、逆にシャンプーに対しては弱い。分子の大きさがタール色素と同じくらいで、毛髪の内部まで浸透することはないがキューティクルの内側でイオン結合する。HC染料とBASIC染料の利点を組み合わせた製品が注目を集めている。

 終わりに
現在では、白髪染め、おしゃれ染めが当たり前の時代。20代女性の6割以上が髪を染め、染めたいという意識まで含めると7割以上の需要がある。また、団塊世代がグレーヘア化し、高齢人口も膨らむなかで、白髪染めの需要も増加しており、各メーカーも使い勝手や毛髪への負担を考慮した様々な形態、コンセプトの商品で市場をにぎわせている。美容界には、ヘアカラーのみを担当するカラーリストという領域も確立され、クライアントのあらゆる要望に応えられる人材が育つ状況が生まれた。           
                                                                        安藤真夫
   

《参考資料》
アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマン〔August Wilhelm von Hofmann〕
(1818年4月8日-1892年5月5日)ドイツの化学者。
ドイツ連邦共和国・ヘッセン州の都市ギーセン(Gießen)生まれ。初め、ドイツのニーダーザクセン州南部の都市ゲッティンゲン(Göttingen)で法学などを学び、のちにユストゥス・フォン・リービッヒ(Justus von Liebig、1803年5月12日-1873年4月18日)のもとで化学を学んだ。1845年にロンドンに新設された王立化学大学(Royal College of Chemistry)教授となった。1863年、パラフェニレンジアミンを発見した。1864年にドイツに帰ってボン大学に移り、1865年からベルリン大学の教授を務めた。ホフマンの業績は有機化学の非常に広い範囲に及ぶ。最初リービッヒの元でコールタールの研究を行い、これをもとにアニリン関連の研究を生涯にわたり続けた。さらにアミンやアンモニウム塩などの研究も行い、またローズアニリンなどの色素を創製した。ホフマン則、ホフマン脱離(アミンからのオレフィンの生成;ホフマン則に従う)、ホフマン分解(アンモニウム塩からの三級アミンの生成)、ホフマン反応(ホフマン転位、酸アミドからのアミンの生成;これをホフマン分解と呼ぶこともある)、ホフマンバイオレット(色素)など彼の名を冠した反応や法則、物質名は数多い。

 ウィリアム・ヘンリー・パーキン〔William Henry Perkin〕
(1838年3月12日 - 1907年7月14日)イギリスの有機化学者。London に生まれ、15才(1853年)にして、早くもロンドンの王立化学会(現インペリアル・カレッジ・ロンドン )に入り、アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマン(August Wilhelm von Hofmann)の下で学んだ。王立化学大学のホフマン教授にマラリアの特効薬キニーネの合成を示唆され、1856 年アニリンを硫酸と二クロム酸カリウムで酸化した際、美しい紫色の色素の生ずることを発見し、モーブ(Mauve)(モーヴェイン(Mauveine)と呼ばれることもある)と命名。世界初の合成染料の誕生となる。
当時の化学は初期の段階であったが、原子論は受け入れられていた。主要な元素も発見され、多くの化合物の元素組成比を分析する技術は存在していた。しかし、化合物中の原子の構成を決定することは当時としては難しい技術であった。
1856年8月にパーキンが特許を取得したのは若干18歳の時で、彼の友人アーサー・チャーチ、トーマス・チャーチ兄弟とともに更なる実験を試み研究成果に自信を得た彼らは、師の反対を押し切り1857年染料会社を設立。石炭から得られるアニリンを使用して、モーブの工業的生産に成功し、合成染料の開発により化学工業の幕開けをつくった。染料の発見は、資本家を勃興させ、大量且つ安価に製造され、綿にも適用され、商業染色会社に歓迎され、何よりも大衆の需要を創出した。パーキンは多方面において活動的であった。一連の活動のさなかで、彼は大量の資本を得、チャーチ兄弟は工場を建てた。彼は、木綿の媒染剤を発明し、その技術・サービスを操作できる第一人者となり、それを市場に公開した。
パーキンの業績で偉大なところは、化学とビジネスと消費とが共存する点にある。実際にそれは広く普及した。パーキンの影響により、無数のアニリン染料が生まれ、数多くの色調の染料が生まれた。晩年においても有機化学において活発な研究を継続した。彼が発見し、商品化した合成染料にはBritannia Violet やPerkin's Greenなどがある。後に彼は、1868年パーキン反応を発見、その応用により香料のクマリン(桜餅のかおり)の合成に成功。
1869年アリザリンの商業生産方法を確立したが、それはアントラセンから得られる、植物のアカネ染料よりも鮮やかな赤の染料である。しかし、ドイツの化学会社BASFは、彼よりもわずか1日早く同じ製法の特許を取得していた。
1906年にナイトの称号を授与された。
1907年、パーキンは虫垂炎に併発した肺炎のためこの世を去った。

 酸化染料〔oxidation dye〕
酸化重合により発色する染料。このパラーフェニレンジアミンを代表とする各種の酸化染料(1剤)と過酸化水素(2剤)などの酸化剤が反応し無色の酸化染料が毛髪内で酸化重合することにより発色する。それと同時に酸化剤とアルカリ剤で、毛髪中の黒色色素のメラニンが酸化分解し脱色される。このように染料の発色と毛髪の脱色が同時に起きて毛髪が染毛される。

 ヘナ〔henna〕
アジア・北アフリカ原産のミソハギ科(Lythraceae)の低木。学名を〔Lawsonia inermis〕と呼ぶ。ヘナの葉や茎を乾燥させて粉末にしたもので、古代エジプト時代から赤の染料として、毛染めなどに使われている。日本では「ヘナ」が一般的であるが、百科事典、園芸辞典、文化史の資科などでは「ヘンナ」表記がほとんど。
和名では指甲花(シコウカ)またはツマクレナイノキ。指甲花の由来は「エジプトに発し、漢代に中国に渡り、婦人が指の爪や皮膚を染めるのに用いたことによる」と園芸辞典にある。草木染め等の染料としての歴史は非常に古く、古代エジプトのクレオパトラもヘナで髪、爪、唇に色を付けて美しさを増していたといわれている。 さらに東洋の伝承医学アールヴェーダで皮膚予防・外傷・火傷の薬として使用されたとの記録がある。

都風俗化粧伝
髪を黒くし一生白髪の生える事なき薬の伝
【えんじゅのみ】槐子実--マメ科落葉高木エンジュの果実
平生(つね)に喰えば髪を黒うし、髪、鬚、白髪なく、年老いても黒く長うする秘方なり。【くろごま】黒胡麻
九たびむし、九度さらし、粉にし、棗(なつめ)のにくにて丸め、日に二十粒ずつ、朝夕呑むべし。髪を黒うして一生白髪を生ぜず。また、しらが生えたる人たりとも、忽(たちま)ち髪を黒ろうすること奇妙也。
白髪を黒くして艶を出す薬の伝
【ざくろの皮】柘榴皮--ザクロ科の落葉小高木ザクロの果実
せんじて髪にたびたびぬるべし。
【くわのね】桑白木根---クワ科の落葉高木クワ
生油(あぶら)にて煎つめ、たびたび髪にひたすべし。
白髪を抜きて黒木髪を生ずる薬の伝
【しょうがの皮】生姜皮
胡麻の油にて煎じ、泥のごとくにして白髪のぬけたるあとへ付くべし。三日ののち黒くはゆるなり。
若白髪を直す薬の伝
【くるみ】胡桃
よくよく磨りつぶし、白髪をぬき去りて、その毛の穴の中にすりこめば、黒き髪生じて、ふたたび白髪生ぜず。

 タンニン酸〔tannin acid〕
植物に由来し、タンパク質、アルカロイド、金属イオンと反応し強く結合して難溶性の塩を形成する水溶性化合物の総称であり、植物界に普遍的に存在している。多数のフェノール性ヒドロキシ基を持つ複雑な芳香族化合物で、タンパク質や他の巨大分子と強固に結合し、複合体を形成しているものもある。分子量としては 500程度の低分子化合物から 20,000 に達する巨大な物まである

 ピロガロール〔pyrogallol〕
ベンゼンの水素が3つヒドロキシ基に置換した有機化合物で、3価フェノールである。
別名をピロガロール酸、焦性没食子酸(しょうせいぼっしょくしさん、またはしょうせいもっしょくしさん)と呼ぶ。没食子酸の脱炭酸で合成され、染料の成分、毛織物の媒染剤、有機合成試薬、写真の展開液として用いられる。気体の精製に用いられる。ピロガロールの水溶液に通気させると、酸素を除去することができる。

 モーブ〔Mauve〕
1856年にウィリアム・パーキンが発見した世界初の合成染料である。モーベイン (Mauveine)、アニリンパープルと呼ばれることもある。紫色の色素であり、アニリン染料に属する。モーブはフランス語のアオイを意味する語から名づけられた。キニーネの合成法を研究していパーキンは、アリルトルイジン を酸化してやれば合成が可能ではないかと考え、クロム酸で酸化してみたが褐色のタール状混合物が得られただけであった。そこで今度はアニリンを同様の方法で処理してみた。同じように黒色のヤニが得られたが、これをエタノールに溶かすことによって紫色の溶液(合成染料)が得られた。

 パーキン反応〔Perkin reaction〕
化学反応の一種で、ウィリアム・パーキンが開発したケイ皮酸の合成法である。芳香族アルデヒドとカルボン酸無水物が、カルボン酸のアルカリ金属塩の作用で縮合する反応。

 ケイ皮酸〔cinnamic acid〕【別記:桂皮酸】
芳香族不飽和カルボン酸に分類される有機化合物である。β-フェニルアクリル酸とも表される。植物界に広く存在する。通常、幾何異性体の双方をケイ皮酸と呼ぶが、狭義にはE体をケイ皮酸と呼び、Z体はアロケイ皮酸と呼ばれる。アロケイ皮酸は不安定で容易に E体へと異性化する。シンナムアルデヒドの酸化によって作ることができるが、工業的にはベンズアルデヒドと無水酢酸に酢酸カリウムを作用させるパーキン反応によって作られる。天然に存在するケイ皮酸はフェニルアラニンがフェニルアラニンアンモニアリアーゼによって脱アミノ化されることによって生成する。

 アルデヒド〔aldehyde〕
アルデヒド基を持つ有機化合物の総称。水素結合を作らないために、アルコールに比べて極性溶媒に溶けにくいが、極性があるため水によく溶ける。また、炭化水素基をもつため有機溶媒にも溶ける。還元性を持ち、酸化されるとカルボン酸になる。

 カルボン酸無水物〔carboxylic anhydride〕
2分子のカルボン酸を脱水縮合させた化合物である。酸無水物の一種。工業的にはアセトアルデヒドから酢酸を作る際、条件を調節すると酸無水物が得られることを利用する。酢酸を熱分解して精製するケテンに酢酸を付加させても無水酢酸は得られる。

 ケテン〔ketene〕
ケテン単量体で表される化合物である。またケテンと同様にアレン型に炭素二重結合とカルボニル二重結合が連結したクムレン構造をもつ化合物群もケテン(ケテン類)と称される。ケテンのβ炭素の置換基が一置換の物をアルドケテン (aldketene)、二置換の物をケトケテン (ketoketene) と呼ぶ。

 アルカリ金属〔alkali metal〕
第1族元素の中において、元素の持つ化学的性質の共通部分について与えられた名称である。リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)、フランシウム(Fr)が第1族元素に該当する。すべて水と反応するため、水酸化物が生成され、強塩基性を示す。

 アルドール反応〔aldol reaction〕
α位に水素を持つカルボニル化合物が、アルデヒドまたはケトンと反応してβ-ヒドロキシカルボニル化合物が生成する反応で、求核付加反応のひとつ。アルデヒド同士がこの反応を起こすとアルドールを生成することから、この名で呼ばれる。

 アシル基〔acyl group〕
カルボン酸からヒドロキシ基OHをのぞいた形 (R−CO−) の原子団のことを総称して呼ぶ。それぞれのカルボン酸の語尾の「ic acid」を「yl」または「oyl」にして命名する。

 第1族元素
周期表において第1族に属する元素。水素・リチウム・ナトリウム・カリウム・ルビジウム・セシウム・フランシウムがこれに該当する。このうち、水素を除いた元素についてはアルカリ金属 (alkali metals) といい、単体では最外殻s軌道電子が自由電子として振る舞うため金属的な性質を示す。

 アニリン〔aniline〕
ベンゼンの水素原子の一つをアミノ基で置換した構造を持つ、芳香族化合物のひとつ。アニリンはIUPAC命名法の許容慣用名であるが、系統名ではフェニルアミン (phenylamine) またはベンゼンアミン (benzenamine) となる。ほかに慣用名としてアミノベンゼン (aminobenzene) がある。無色の液体で、水にはわずかしかとけないが、有機溶剤にはよくとける。1826年、インディゴを高温に加熱した結果、はじめてえられた。アニリンという言葉は、暗青色を意味するサンスクリット語のニラが、アラビア語で植物のアイを意味するアニルになったものに由来する。

 キニーネ〔quinine〕
南米原産のキナ(機那)の樹皮に含まれるアルカロイドである。マラリア治療の特効薬として第二次世界大戦頃までは極めて重要な位置づけにあった。1940年代に chloroquine などの合成薬が作られるようになり、キニーネに代わってマラリア治療の主流となるが、耐性菌が出現するに及んでキニーネの効用が見直されている。1820年にキナの樹皮から単離、命名され、1908年に平面構造が決定し、1944年に絶対立体配置も決定された。 また強い苦味を持つ物質として知られ、トニックウォーターに苦味剤として添加される。

 ベンゼン〔benzene〕
最も単純な構造の芳香族炭化水素である。分野によっては慣用としてドイツ語 (Benzol) 風にベンゾールと呼ぶことがある。ベンジンとはまったく別の物質である。
置換基となる場合はフェニル基 (phenyl group) と呼ばれる。芳香族炭化水素の置換基はアリール基と呼ばれ、フェニル基はナフチル基と同様にアリール基に属する。
6個の炭素原子が平面上に亀の甲(六角形)状に配置し、各炭素はsp2混成軌道をとっている。ケクレ構造式では交代する二重結合と単結合で表されているが、実際には非局在化しているため、π電子は特定の結合に寄与していない。したがってすべての結合は等価でありケクレ構造式のような区別はない。非局在化していることを強調するためにベンゼン環を六角形の中に丸を書いた形で表示することがある。
石油化学工業では基本的な原料であり、ベンゼン (Benzene)、トルエン (Toluene)、キシレン (Xylene) の3物質の頭文字をとってBTXと称される。

 アリール基〔aryl group〕
芳香族炭化水素から誘導された官能基または置換基である。アリール置換基やアリール基への置換基の為に"フェニル基"のような用語があるが、アリール基は略語もしくは一般化の為に使われている。狭義には、単純芳香環の誘導体であるが、一般には、ナフチルなどの多環芳香族炭化水素基をも包含する。 最もシンプルなアリール基はフェニル基で、ベンゼンから誘導される。トリル基はトルエン(メチルベンゼン)から誘導される。キシリル基はキシレン(ジメチルベンゼン)から誘導される。
 芳香族炭化水素〔aromatic hydrocarbons〕【略号:AH 】
アレーン〔arene〕とも呼ばれる。芳香族性を示す単環あるいは複数の環(縮合環)から構成される炭化水素である。芳香族炭化水素が置換基となった場合の呼称はアリール基 (aryl group) であり、Ar− と略される。具体的にはフェニル基、ナフチル基などがアリール基の代表例である。芳香族化合物〔aromatic compounds〕と同義に使用されることがあるが、広義の芳香族化合物には複素芳香族化合物も含まれる。最も構造が単純な芳香族炭化水素はベンゼンであり、ベンゼン環として知られている6つの炭素からなる環状化合物である。その構造が不明であった遠い昔、強烈な臭気を持つものが多かったので、芳香族炭化水素はそのような名前がつけられた。

 ヘアマニキュア〔hair manicure〕
1980年代後半に登場した。アメリカで開発されたカラーの種類で、染料にタール系色素を使用している。ジアミン系染料と違い染色された樹脂を毛髪表面から一部内部に浸透させ染色する。 黒髪に染色しても脱色効果がないために一時衰退するも、白髪染めや脱色後に染色することで鮮やかな色調が出るため、現在も出荷量が伸びている。国内メーカーがアメリカのメーカーと契約し日本で発売されたのが最初。

 硝酸銀〔silver nitrate〕
金属硝酸塩。銀を硝酸に溶かすと得られる。強電解質であり水によく溶けるが、非極性溶媒には溶けにくい。手につくと黒くなる毒性があるので取り扱いには注意を要する。無色の結晶性固体で、日光の下で有機物に触れると還元され、黒色を呈する。銀鏡反応の試薬としてめっきに用いられることがある。その他、写真感光剤・分析試薬・電気通信機器用・魔法瓶用・医薬品の原料などの用途がある。光で化学反応を起こすため茶色い瓶に保存する。硝酸銀は液体アンモニア(液安)またはアンモニア水と反応して雷銀(組成式 Ag3Nまたは AgNH2) と呼ばれる黒色の結晶を生成する。これは非常に敏感な化合物であり、ちょっとした摩擦でも爆発する。

 硫酸銀〔silver sulfate〕
無色結晶又は白色粉末のイオン化合物である。アンモニア水、硫酸、硝酸に可溶。
硝酸銀の非汚染代用品として銀メッキに使われる。光や風雨によって黒ずむが、普通の状態では安定している。

 鉱物性染料〔mineral dyes〕
植物性の毛染め剤と同様に、古くから使われている。頭毛のケラチン分子中の硫黄と金属塩との間に反応が起こり、金属の硫化物を形成して、その金属独特の色を出す。
鉱物性毛染め剤は、毛の構造自体を変化させるので、これでヘア・ダイを何回も繰り返し行うと、毛を傷めることになる。また毛染め後はコールド・ウェーブ剤の反応に問題が生じ、パーマがかかりにくくなる。


 光還元染料〔photoreduction dyes〕
毛髪を黒色、褐色などの黒色系の色に染めるための染色剤として、鉛、銀又は銅などの金属化合物と他の物質(硫黄、ニッケル、鉄、アンモニウムチオグリコレート、硫化物など)との反応により生成する発色物質を利用することが従来から知られている。これらの中でも、光還元発色作用を利用した銀化合物から得られる発色物質は、毛髪に対する染色力や安全性の面などで優れており、例えば、銀化合物(硫酸銀、硝酸銀、乳酸銀)に、発色成分を構成する界面活性剤、アルコール、及び保湿剤を加えて配合した油性クリーム状染毛剤が提案されている。

 HC染料〔hair color dyes〕
分子内にニトロ基の発色団と、アミノ基やフェノール基の助色団を合わせ持つ、分子量の小さな直接染料。髪の内部に染料が浸透するが、皮膚への染着はほとんどない。染料自体がイオンを持っていないため、基剤をカチオン性にすることが可能となり、髪の感触がなめらかになる。髪の内部での酸化重合作用がないため、髪への負担が少ない反面、キューティクルの隙間から流出しやすい染料である。
 
 BASIC染料〔basic dyes〕
酸性染料(マニキュア)とは逆のイオンを持つため、トリートメントとの相性が非常によく、染料自身にもコンディショニング効果がある。毛髪の内部まで浸透することはないがキューティクルの内側で安定する。

1991年に発表した縮毛矯正理論

業界誌「ニューヘア」'91.9月号 別冊付録の41ページに記載した弊社広告の抜粋を紹介します。

91New Hair



縮毛矯正の原因を正しく理解してできた
                                          「ストレートあいぴぃ~」


直毛はAコルテックスとBコルテックスの二つが均等に混ざり合っていますが、縮毛はこのニつがうまく混ざり合っていません、そのため部分的にくねってしまいます。
又、直毛の断面が円に近いのに比べ、縮毛は楕円です。
この事に着目するとこれまでのストレートパーマの間違いに気付かれると思います。
そこで当社ではコルテックスのバランスを改善し、楕円を円に近付けるシステムを考案しました。ワインディングローションAタイプの成分は、毛髪内部に浸透しバランスが崩れ不足しているコルテックスに働きかけ吸着することにより毛髪断面を円に近付けます。このローションは毛髪に有害とされる物質を一切含んでいませんので安心です。又、ストレートパーマ用薬剤としては画期的な加湿二浴式縮毛矯正剤、あいぴぃ~X、により低温の遠赤外線を使用して毛髪に負担をかけずに薬剤の有効な効果の促進をたすけます。
コンディユーパーマと同様に毛髪改善を行い髪の健康を維持します。

文章として「二つ」は「ふたつ」、「くねって」は「うねって」が適切と想われますが、
縮毛矯正の定義として、
直毛の断面が円に近いのに比べ、縮毛は楕円・楕円を円に近付ける・を、キーポイントを広告記事として掲載しました。
この理論は、当時の業界誌には一切記載されていませんでした。
雑誌発行された数年後には
「ご存じですか、直毛の断面が円に近いのに比べ、縮毛の断面は楕円です」と、
多くのメーカーが、「我が社が発見しました」とばかり営業に活用していまた。

I・B・Iが他社の売り上げに協力してしまったと言うことですね。

縮毛矯正の歴史

 1.ストレートパーマの歴史
 美人の代名詞とされるクレオパトラⅦ世(Cleopatra 69~30 B.C.)の彫刻を見る限り、そのヘアースタイルはタイトロープ編が確認される。考古学者の調査にもかかわらずクレオパトラの彫刻や絵画はほとんど見つかっていないため、彼女の毛髪は本来ストレート状態か、天然のウェーブがあったのか判断できない。しかしクレオパトラⅢ世の胸像から推測される事として、平均気温が高い地方(熱帯・亜熱帯)に住んでいる人々の頭髪にはウェーブが観察される。
このウェーブ毛は「汗が流れ落ちるのを防ぐと共に、流れ出した汗が髪の中に止まりそれが蒸発する時に発生する気化熱により頭を冷やし強い直射日光から脳を守る」という自然摂理に従った目的を持ち合わせている。
 クレオパトラの時代、既にウェーブ状の毛髪をストレート状態にした「くせ毛をのばしたスタイル」が行われていたとも推論され、それがストレートパーマ的な方法がなされたのか、タール系染料などの塗布あるいは物理的な熱作用により真っ直ぐになったのか、今になっては推測することはできない。
 くせ毛の人は直毛にあこがれ、直毛の人はウェーブにあこがれるという、生まれながら持ち合わせていないものを手に入れたいという「おしゃれ心」は人類創世時期から自然と芽生えた事であり、多くの人々の憧れでもあった。
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2.日本に於ける縮毛矯正の推移

1) 1970年代の技法
 当時の厚生省に認可はされていなかった縮毛矯正剤が一部の理美容室の間で取引されていた。その薬剤は、うす茶色の粘土状で白色の固形物が混入されていた。使用方法としては、シャンプー後の毛髪に櫛を使用し薬剤を塗布後10分~15分放置し洗い流すタイプであった。
確立されたテスト方法も存在せず「伸びる」「伸びない」の結果は洗い流してみなくては解らない状態で「縮毛矯正」と呼ばれていた。
 その後、外資系メーカーが「ストレーナー」という名称で商品を発売していたが、一部の美容室でメニュー化されていたにすぎず、更にくせ毛で悩んでいるクライアントに満足を与えるレベルではなかった。

2) 1980年代前半の技法
 1982年頃を境にストレートパーマが登場し一気にブームとなった。
当時はファッションとしてしての比重が高く、クライアントはストレートパーマ用パネル(カラフルな樹脂のパネル)に毛髪を張り付けた状態で長時間我慢を強いられ施術することで流行を体験することに満足した。
しかし、一部のストレート専門店に於いては押すな押すなの大繁盛。
完全な流れ作業により、お客様はストレートパネルを張りキャスター付き椅子に座った状態で、技術行程に合わせてスタッフが椅子を押しブース間を移動させた。
また、初期の薬品に関しては、コールドウェーブ液第1剤にベーキングパウダーや食品添加剤のCMC等を混ぜることで適度な粘性を出し、パネルに張り付けて使用し、1剤タイムも「乾くまで」と、適当な時間を放置したのが実情であった。
 そのような作業工程の結果、頭皮からの断毛・毛髪のダメージなど、多くの苦情が寄せられ、当時の厚生省はストレートパーマを禁止する通達を出す結果となった。しかし消費者の需要が減ることはなく、「ロンドンブリッジ」という製品が一世を風靡した。
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3) 1980年代後半の技法
 薬剤とアイロンの併用により癖毛を直毛にするテクニックが誕生した。
使用したアイロンは、発熱部は全面が接触しないようらせん状に溝があり、グローブ部にはゴムが装着され遠赤外線が発生する構造となっていた。
テクニックとしては、軟化した毛髪の変形した断面が真円に近づくよう毛束が真っ直ぐになるように根本から毛先へとアイロンでシェープし移動する方法であった。
 
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‘癖毛のばし’は発展段階の技術であり使用器具は代用品であったことはいうまでもない。

4) 1990年代前半の技法
 癖毛を伸ばす数多くのテクニックが開発された。
 1993年5月27日、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルに於いて、'93 JCBアカデミー全国大会のメインイベントとして「くせ毛対応テクニック総覧」が開催され、5つのテクニックが公開された。
しんびようプラス(8月号)掲載された当時の最新技法を次に列挙する。
a.薬剤操作による違い
① 薬剤のみによる還元・酸化による方法
② 薬剤による還元+物理作用による方法
大別し上記の2つに分けられた。
b.物理的方法による違い
① 還元剤を塗布した状態で、クリップ式アイロン(非加熱)を使用しテンションを加え引っ張る物理操作中心の方法。(コタ・スーパースリムパーマ)
② 還元作用が終了した後、ブラシ+ドライヤーの熱により物理的操作を行う方法。(Mr.ハビット)
③ 加温二浴式還元剤を塗布した状態で、低温遠赤外線アイロンにより(毛髪接触温度50~60℃)ノンテンションにて化学反応と、物理操作を併用する方法。(ストレートあぃぴ~ IBIが考案したレンツス トレートアイロン)
④ 還元剤に粘着力を加え毛髪の軟化状態を確認後、コーミングのみで操作する方法。(水分補給による髪質改善縮毛矯正)
⑤ 還元剤に粘着力を加え軟化状態を確認後、2剤処理を行い、薬剤のみで操 作する方法。(Bigのばし)
1993年を契機に縮毛矯正は本格的に伸ばす時代へと突入した。しかしその反面髪のダメージは増幅の一途をたどる事になった。
アイロンの種類
5) 1998年当時の技法
 薬事法の改正に伴い、180℃までの高温アイロンの使用が可能となった。
そのための薬剤及び器具も新しく開発され、縮毛を直毛に変化させる事が出来る縮毛矯正新時代へと突入した。
a.加温二浴式縮毛矯正剤
 第1剤は洗い流した後、高温アイロンを使用するものである。
医薬部外品における規格としては、チオグリコール酸濃度は1.0~5.0%・pHは4.5~9.3・アルカリは5 ml以下に規制された。
しかし2002年4月からの化粧品の規制緩和に化粧品登録する事により事実上撤廃されたも同然である。
b.高温アイロン
 アイロンの発熱面がフラットな製品や凹凸な製品が開発された。
 
しかし現場の技術者は、あいまいな縮毛矯正理論のまま物理的現象のみで作業せざるを得ない状況となった。
ストレートアイロン
6) 2002年当時の技法
 縮毛矯正理論も新たな展開を見せ、クライアントのニーズは、単に真っ直ぐから毛先のしなやかさや毛先カールなどを求めるようになり発熱面が曲面状のアイロンも出現した。


7) 薬剤の推移
 2001年4月からの規制緩和により薬剤にも変化がみられ、第1剤にはチオグリコール酸・亜硫酸ナトリウム・システイン・システアミンなどの還元剤やその組み合わせの製品も販売可能となったため、縮毛が伸びるとともに毛髪にダメージを与えない製品の開発が行われた。
2003年6月

パーマによる巻き髪が左右で違う要因

はじめに
 巻き髪に仕上げるべくパーマネントウェーブを施術しスタイリングした場合、クライアントの左側の髪はウェーブがきれいにスタイリングできるのに対し、右側の髪はカールがダレるとともにきれいにスタイリングできない。また、ツイストパーマをした場合、左巻き・右巻きでパーマ反応時間が違うという現象が起こる。論旨のポイントとして、ヒトが行う作業であるゆえ、技術的な問題はないという前提において、クライアントの髪が左右対称にスタイリングできない理由を解明する。本論中おける「巻き」とは、根元から毛先方向を観察した場合、左方向に巻かれている状態を左巻きとする。

1.ワインディングの前提
 カットラインの違い、テーパーによる毛量の差により平均したウェーブができない事は、経験が不足している技術者に於いても解ることである。パーマ施術に於いて、ダメージを受けている毛髪では強いテンションを加えた場合は、ウェーブの間隔は狭くなる。同じ長さの毛髪を巻いても、ロッドに巻かれる毛量により、巻き上げた状態の径が違ってしまう。ウェーブ剤の塗布量がバラツキ、少なすぎると還元作用が不足によるウェーブの違い。ウェーブ第1剤の反応時間・温度管理など、細心の注意でパーマネントウェーブを施術すことを前提とする。
Ⅰ.ツイストパーマの条件
 毛束を回転させねじりながらロッドに巻き付けるツイストパーマを施した場合、ねじる方向によりパーマネントウェーブ1剤の反応時間に差が生じる。当然ながらウェーブの仕上がり・持続・毛髪に与えるダメージ度にも差が生ずる。
Ⅱ.スパイラルパーマの条件
 毛先から根元まで一定な幅で、フラットな状態でロッドに巻き付ける。いわゆる平巻きのスパイラルワインディングとする。
Ⅲ.平巻きの条件
 いわゆる一般的な方法であり、毛束をロッドに対し直角に巻き込む方法で、フォワードあるいはリバース方向に巻き込まないワインディングとする。

2.参考作品
 次に提示する参考写真は、アイロンを一切使用してない作品(1・2・5・6)及び使用したと思われない作品(3・4)を示す。また、雑誌及びインターネットから無断借用した画像及び、モデルクラブに所属している人物の写真があるため、著作権並びに作品を仕上げた美容師のプライドを考慮し、顔の一部はブラインドとする。いずれも左右のカールに違いが生じている事が分かり、作品を仕上げた技術者の意図を勝手に理解するならば、向かって右のカール表現であろう。ただし、意識してスタイリングした場合は、左右同じにスタイリングするであろう。ちなみに、参考写真-1・2・5・6の技術者に聞き取り調査した結果、注意深く作品を仕上げていなかったとのことである。
以上からして、パーマによる「巻き髪」は左右対称にならないと考察される。

bun hair

3.左右対象とならない仮説
Ⅰ.多くの技術者は右利きであるため、苦手な左から仕上げることに由来する。
Ⅱ.心臓が左に位置することに由来する。
Ⅲ.日本は北半球に位置しているため、地球の自転で左がきれいに仕上がる。
Ⅳ.毛髪を構成しているタンパク質に由来する。

Ⅰの仮説は、本来左利きの技術者より聞き取り調査した結果、無関係と判明。
Ⅲの仮説は、同一人物に北・南半球それぞれでセットした写真で照合し無関係と判明。

4.毛髪の構造から考察
 毛髪の縦断面及び横断面は、外側から中心に向かって、キューティクル(cuticle)・コルテックス(colter)・メデュラ(medulla)の3層に分けられる生物学的重合体である。
Ⅰ.ケラチンモノマーとダイマー
 乾燥重量の90%以上はケラチンと呼ばれるタンパク質で構成されている。ケラチンタンパク質は、酸性ケラチンモノマー(I型)と塩基性/中性ケラチンモノマー(Ⅱ型)の2本のヘテロモノマーが同じ末端で平行に捻れ合わさって形成される長さ約47ナノメートルほどのダイマー(2量体)が基本構造である。
ダイマーのコイルドコイルはα-ヘリックス〔alpha helix〕とは異なり、アミノ酸残基が1回転で3.5個、そのピッチは5.1オングストロームある。 

keratin.jpg 

Ⅱ.プロトフィブリル(ケラチンテトラマー)
ダイマーのN-末端とC-末端が逆平行で互い違いに結び付いて直径8ナノメートルほどのテトラマー(四量体)を形成する。このとき、ダイマーの端は約10ナノメートルずれ左巻きで結合している。このテトラマーをプロトフィブリル(原繊維)と呼ぶ。
※アミノ基(-NH2), カルボキシル基(-COOH)

Ⅲ.ミクロフィブリル
 円筒状に8本のプロトフィブリルが結合して、ミクロフィブリルを構成する。また、結合は長軸方向にも延伸され繊維状の巨大分子を形成し、直径10ナノメートル、長さ200ナノメートル以上のケラチンフィラメント(フィラメントタンパク)と呼ばれる繊維を形成しているが、どのようにロープが結合しているか細部は解明されていない。ロープ末端はα-ヘリックス構造を取らず、プロリンやシスチン残基を含んでいることが解っているが、円筒状のミクロフィブリルに対する立体配置は未だ不明である。
Ⅳ.マクロフィブリルと皮質細胞
 さらに ミクロフィブリルの数本~数十本が結合してマクロフィブリルを作られる。
この段階になると、結合する分子の数は皮質細胞の条件により変化し、規則性はみられない。

5.タンパク質の構成から考察
 右巻きのモノマー2本が左巻きのケラチンタンパク質となり、毛髪乾燥重量の90%を構成している。ボイドと呼ばれる空洞は毛髪断面の10~20%占め、それ以外はキューティクルとコルテックスの構成である。毛髪のほとんどを構成しているケラチンタンパク質2両体により、パーマネントウェーブによる「巻き髪」及び、ツイストパーマは左右対称とならない。

おわりに
 参考文献によるミクロフィブリルの本数は、昭和55年発行では11本、2002年では8本と記載されている。科学の進歩により従来判明されていなかった事項が、時が経つに従い徐々に解明されてきた証明である。毛髪内部でのパーマネント反応を見ることが出来ないことがよい例で、後に本論文が揺るぎなき定説となることもあり、逆に否定される理論が現れても不思議ではない。
推論なくしては理論は成り立たない。毛髪学という学問が成り立つよう、普遍の原理・原則を考察する。

参考文献
毛髪とパーマ    新理美容出版株式会社    昭和55年11月1日 第1刷発行
SCIENCE of WAVE   新理美容出版株式会社    2002年4月10日 第1刷発行
最新の毛髪科学   フレグランスジャーナル社  平成15年9月25日 第1版発行
ニュートン   ニュートンプレス 2008年2月7日 発行
ニュートンムック  ニュートンプレス 2008年6月15日 発行
安藤眞夫

毛髪の発生はバルジ領域

Nature 4 月25 日号 掲載論文要約の翻訳文
翻訳 古川修平

ニッチ論文

幹細胞の性質-自己複製能力と多能性
 人間をはじめとするすべての生物は、多数の細胞が集まってできあがっており、細胞は生物の最小構成単位であるといえます。人間の身体は、そのような細胞が200 種類以上、約60兆個も集まってできているとされています。

 これだけ膨大な数の細胞の集まりですが、元をただせば受精卵というたった1個の細胞が 「分裂」を繰り返してその数を増やす(=増殖)とともに、「分化」によって身体を形づくるさまざまな種類の細胞に変身・成長した結果です。

 このような多種多様な細胞の中に、「幹細胞」と呼ばれる親玉的な特殊な細胞が存在します。 幹細胞は、英語でstem cell と言いますが、stem は樹木の「幹」のことです。幹から多くの枝が分かれて一本の大きな木に成長するように、幹細胞も身体の組織や臓器を形づくるさまざまな種類の細胞に分化(=変身)します。このように、単にある特定の細胞に限定されずに、いろいろな種類の細胞に分化できる能力は「多能性」と呼ばれ、幹細胞は多能性を備えていることが大きな特色です。

 幹細胞は、分化によってそれぞれの形と役割を担った多種類の細胞に成長・成熟して行くのですが、この成熟細胞は分化を終えた細胞(=分化済みの細胞)であるのに対して、幹細胞は未分化状態の細胞(=未分化細胞)であるとも言われます。

 幹細胞のもう1つの大きな特色は、分裂したときに自分とまったく同じ性質・能力を持った細胞を次々に作り出すことができることです。いわば自分とそっくりの分身を生み出す能力で、これは「自己複製力」と呼ばれます。ある1個の幹細胞が衰えて能力を失って衰退の道を歩んでも、それまでに自己複製によって作り出されている分身の幹細胞が代わって仕事をしてくれます。これは幹細胞が自己複製力によって自らを常に新しく作り変えていることであるので、米国国立衛生研究所の幹細胞報告(*)では「自己更新(力)」という言葉を使ってよりダイナミックに表現しています。
*Stem Cell Report, 現在その全文の翻訳が進行中で、翻訳済みの要約や章がこの「研究解説」欄に掲載されています。

 以上のように、幹細胞は自分と同じ分身のような細胞を生み出す自己複製能力と、多種多様な細胞を生み出す多能性を備えた親玉のような細胞ですが、このユニークな存在の幹細胞には、「胚幹細胞」と「成体幹細胞」の2種類が知られています。
 
       
 
幹細胞の種類-胚幹細胞と成体幹細胞
 胚幹細胞(embryonic stem cell)は、胚性幹細胞またはES細胞とも呼ばれ、卵子が精子と受精してできる若い胚(=胚盤胞)[1]の中に存在する内部細胞塊[2]と呼ばれる細胞の集団を取り出してきて、人工的に培養して作られます。胚幹細胞について特筆すべきは、その「多能性」で、分化によって筋肉細胞、皮膚細胞、血液細胞、神経細胞といった身体を構成するあらゆる種類の細胞に成長可能です。このため新聞記事や一般向け解説書では、これを「万能細胞」と呼んでいますが、研究者や専門書は「多能性」という言葉を使っています。

胚盤胞と内部細胞塊


もう1つの成体幹細胞(adult stem cell)は、その名の通り成体の組織内に存在する幹細胞です (*)。これまで骨髄や血流、目の角膜と網膜、肝臓、すい臓などで成体幹細胞が発見されています。成体幹細胞も自分の分身を生み出す「自己複製力」と多種多様な細胞を作り出す「多能性」を備えています。
[*体性幹細胞とか組織間細胞とも呼ばれます]  

       
成体幹細胞の多能性と柔軟性
 成体幹細胞の多能性については、これまでそれぞれの成体幹細胞が存在ないしは所属する生体組織や臓器(たとえば、骨髄、肝臓、すい臓)を構成するあらゆる細胞を作り出すことはできるが、それ以外の生体組織・臓器の細胞へと分化・成長することはできないと考えられていました(→限定的多能性)。すなわち文字通り所属組織の仲間内の細胞には分化するが、 関係のないよその組織の細胞までは作らないとされていました。    
 

 ところが最近になって、骨髄中に存在する造血幹細胞が、血液関連の細胞以外にも神経や 肝臓、筋肉の細胞に分化・成長することがわかってきました。これ以外にも成体幹細胞が所属組織以外の細胞に分化・成長する例が次々と報告されるようになり、研究者はこの現象を成体幹細胞の「可塑性」と呼んで注目しています。「可塑性」という言葉は、一般人にはわかりにくいし、誤解されるおそれがあるので、わたしは「柔軟性(=変身可能性)」という言葉を使っています。

 ここで整理をすると、幹細胞の「多能性」とは多種多様な細胞に分化・成長できる能力ですが、「柔軟性」とは幹細胞の1種である成体幹細胞が所属組織以外の細胞に分化・成長できる能力のことを言います。

幹細胞の多様性-分化


新陳代謝と成体幹細胞-幹細胞系組織
 脳や筋肉の細胞は別として、身体を形づくっている細胞のうちのあるものはさまざまな形で新陳代謝を繰り返しています。すなわち分化を終えて成熟した細胞が一定期間その役割を果たして死滅し、すると若い細胞が分裂・増殖してこれを補います。このような新陳代謝によって新 しい細胞が絶えず作り出され、古い細胞に取って代わることで、生体の組織や臓器の働きが支えられていますが、新陳代謝を行う生体組織は幹細胞系組織と呼ばれます。幹細胞系組織には、血液、皮膚、毛があります。たとえば人間の血液を例に取ると、毎日数千億個もの血液細胞が新たに作られ、古い血液細胞と入れ替わって新しい血が作り続けられています(→造血作用)。このすべての血液(細胞)を作り出しているのが造血幹細胞と呼ばれる幹細胞です。皮膚も表の古い細胞がはがれ落ちて新しい細胞に日々入れ替わっています。精巣も幹細胞系組織に属します。

皮膚組織の新陳代謝


 幹細胞系組織では、新陳代謝を続けるために活発に増殖する細胞集団から分化し終えて成熟した細胞集団までいくつかの異なる集団に分けることができますが、これらの集団よりも っと前に控えている元祖ないしは親玉とも言うべき未分化の細胞が成体幹細胞です。成体幹細胞はあまり分裂をしないことが普通で、必要なときが来るまで控えている(=未分化の状態)と考えるのが適切です。

成体幹細胞の居場所-ニッチ
 前述のように、骨髄や血流、目の角膜や網膜、肝臓、すい臓などに成体幹細胞が存在することはわかっているのですが、問題はそれらが「どこに」存在するかです。細胞が成体内で活発に分裂・増殖して大きな集団をなしている場合には見つけやすいのですが、幹細胞は分裂せずに未分化の状態にとどまっているため数が極端に少なく、どこに存在するのかその存在場所がわかっている生体組織は、次に述べる例を除いて皆無に近いのです。例えば、血液は幹細胞自体を調べるためのさまざまな方法が開発された結果、骨髄の中から幹細胞を取り出すことができるようになった(ただし、全体の0.0 1 %ぐらいしか存在しない)のですが、それが骨髄中のどこに存在しているかは今もわかっていません。

 ところで、その数少ない成体幹細胞が分裂せずに未分化の状態にきちっと維持され、活性化されて分裂・分化を開始するときを待っている、すなわち出番の来るのをじっと待っている現象を説明するため特殊な場所を想定し、そこでは未分化のまま幹細胞としての性質を維持できるが、いったんその環境から離れると分裂・増殖から分化へと後戻りの出来ないコースをたどることになると考えられています。そして、研究者たちはこの幹細胞を支える場所を「ニッチ」と呼んで、それが生体組織中のどこにあるのか、ニッチが幹細胞を維持するために必要と している分子基盤は何かについて研究を続けています。しかし残念ながら分子基盤が明らかになったニッチは現在のところ皆無で、またほとんどの組織でニッチの存在場所すら明らかになっていませんでした。

[余談ですが、ニッチという言葉は、経済分野では「大企業が手をつけないニッチビジネス (すき間ビジネス)を狙え」とか、「ニッチ産業(すき間産業)」のように使われていますが、英語の"niche"には「人や物が存在するのに適した場所」という意味があります。そこからニッチのことを「生態学的適所」と呼んでいる研究者もいます。幹細胞が活性化の信号を受けて分裂・増殖・分化を始めるのを待っている場所と言うことでは、まさに「潜伏場所」のようでも あります。]

毛根幹細胞
 そんな中でも、毛を造る組織である毛根(専門用語では「毛胞」と呼ばれる)については急速に研究が進んでいます。毛根は、2種類の幹細胞が共存する面白い組織です。一つはもちろん、ケラチノサイトと呼ばれる毛(毛根)を作る幹細胞系です。誰でも毛は抜いても新しく生えてくるのを知っているし、自然の生え変りという新陳代謝もつねに存在しています。もう一つは、色素幹細胞系で、毛の新陳代謝に応じて増えたり、分化したりしながら毛に色素を供給します。

毛根幹細胞

 一本一本の毛根(1)で細胞が最も増殖するところは、最も深いところに位置する毛母(2:モウボ) と呼ばれる場所で、毛の生え初めでは顕微鏡で も細胞が増殖しているのがよく観察できます。こ のことから毛根を作り出す幹細胞は毛母(2)に存 在すると考えられていました。しかし、10年ぐらい前から毛根を作り出す幹細胞は、実はバルジ領域(3)と呼ばれる毛根の上のほうの少し横に飛び出した場所にあるのではと提唱されるようになりました(バルジに対応する英単語"bulge" は「丸く突出した部分」という意味です)。


 昨年になって聖マリアンナ大学の大島博士と、フランス高等教育院のバランドン博士等は、一本一本の毛根を切り分け、どの場所に新しい毛根を作る能力が存在するのかを調べる実験を行い、このバルジ領域と呼ばれる場所に存在する細胞が、新しい毛根を完全に再生できることを証明しました。両氏らの研究は、上記の長年の論争に終止符を打っただけではなく、 同じ細胞が表皮、汗腺、皮脂腺のすべての皮膚関連臓器を再生する能力(=多能性)を持つこと、すなわちこれが成体幹細胞であることも証明し、大きな衝撃を与えました(論文は2001年発行Cell誌に掲載)。両氏等の研究によって、ケラチノサイトと呼ばれる毛根形成細胞が成体幹細胞の1種であることが証明されるとともに、成体幹細胞としてはその存在する場所が初めて明らかにされたのです。

色素幹細胞
 そしてもうひとつ残っていた毛根内の色素幹細胞とその存在場所が理化学研究所と京都大学のグループ(西川教授)の研究により解明されました。その研究論文「色素幹細胞の命運決定におよぼすニッチの決定的役割」は、Nature 誌4月25日号に掲載され、日本の各紙にも関連の記事が載りましたのでご記憶の方も多いでしょう。

色素細胞


 このチームは、ほんの少し混じっているだけの色素細胞を感度よく見つけられるようにした遺伝子改変マウスと、増殖している色素細胞を殺してしまう抗体の二つの道具を使って、バルジ領域(3)のすぐ下の領域=バルジ下領域(4)に色素細胞の幹細胞が存在することを突きとめました。

色素幹細胞


 この色素幹細胞はバルジ下領域(4)のニッ チとおぼしき場所に潜んでおり、いったん活性化信号を受け取ると分裂・増殖を開始して多数の子細胞を作ります。この増殖する子細胞は、バルジ下領域(4)から毛根部分を上下二手に分かれて移動します。

 一方の子細胞グループは、分裂・増殖しながら下向きに移動して毛根の底に位置する毛母(2)に降りて行き、そこで色素細胞に分化・成熟してメラニン色素を毛に供給します。その後はアポトーシス(細胞消滅)によって死滅しますが、これによって黒や茶といった色のついた体毛が現れます。

他方の子細胞グループは、同じように分裂・増殖しながら毛根内を上向きに移動して、皮膚の最も外側にある表皮(5)に達し、そこで色素細胞に分化・成熟して色素を皮膚に供給します。この色素細胞も役割を終えるとアポトーシス(細胞消滅)によって死にますが、これによって皮膚が茶色や黒といった色に着色されます。つまりこの色素幹細胞が、毛の色素細胞や皮膚の色素細胞に分化しているのです(→多能性)。

 重要かつ興味深いのは、幹細胞の分裂・増殖によって生まれた子細胞の一部は、バルジ下領域(4)にある親元のニッチからこぼれ出て、空きニッチを捜し求めて移動することです。このさ迷える子細胞が、首尾よく空きニッチを見つけてそこに身を落ち着けると、再び幹細胞の性格を取り戻すことも明らかになりました(→自己複製力)。何か親元を追い出された子供が空家を捜して独立するような趣がありますが、子細胞が独立して一人前の幹細胞に成長するには、ニッチに入り込むことが必須の条件と考えられています。

 ところで、栄えて幹細胞の資格を得た子細胞も親玉幹細胞と同じように子細胞を生み出し、その子細胞は、前述のように増殖しながら一部は毛母(2)に降り、一部は表皮(5)に達して色素細胞に分化・成熟 し、毛および皮膚にそれぞれ色素を供給 します(→色素幹細胞の多能性)。さらに一部は、空きニッチを捜し出して入居し、 そこで幹細胞に出世します(→色素幹細胞の自己複製)。このように非常に興味深い細胞現象が毛根で繰り返されている のです。

 ここで重要なことは、親玉幹細胞が生み出した多数の子細胞のうちでうまくニッチに入り込むことができた子細胞だけが 2代目、3代目の幹細胞になれることで、 そのことから幹細胞に出世できるかどうかの命運をニッチが握っていることがわかります。また、ニッチが子細胞に何らかの影響ないしは作用を及ぼしていることも十分考えられます。

いずれにせよ、この研究は、研究者たちが幹細胞を支える場所として想定した「ニッチ」が確かに存在することを初めて証明したことで注目を浴びています。

 今後の研究課題は、ニッチがどのような形をしているのか、あるいはそもそも形のある物理的な空間であるのか、それとも機能的な何かであるのか、そこに入りこんできた子細胞に幹細胞としての性質や能力をあたえているものの正体は何か、さらにニッチを支えているものは何かといったことがらを分子レベルで解明することですが、この研究はそのような次なる研究への扉を開けた点に大きな意義があります。色素幹細胞についてこれらのことがらが分子レベルで解明できれば、血液幹細胞(=造血幹細胞)を支えている分子メカニズムなども理解で きるようになるかもしれません。

 このような大きな期待を抱きながら、地道で絶え間のない研究が幹細胞についても今日も続けられています。

ニッチ論文のアドレス

http://www.ibri-kobe.org/trc/cont/00_www/in-depth/niche/02.html
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